mado_koukan
もうすぐ80歳を迎える父は貧しい子ども時代を送ったせいか、とにかく物を捨てられない。衣類でも食べ物でもプラスチックでも。なんでこんな物をと思うものを残している。特に多いのがガラス製品。驚いたことに実家の納戸からは、電子レンジのターンテーブルだった円形のガラスの板が、3枚も出てきたことすらあった。父にとってガラスは貴重で美しいもののイメージだそうで、使わないものでも大切に感じてしまうらしい。それこそガラスは壊れやすいから、宝物をしまうように納戸にしまっていたのだ。

しかし今は、ガラスイコール割れるという、そんなイメージはもう古い。今は強化ガラスや耐熱ガラスなど、機能性に富んだガラスが沢山ある。貴重でもなんでもなくて、各メーカーから量産されている、資材の1つに過ぎない。自宅の窓ガラスを新しいものに替えた時も、思っていた程時間もかからず、まとめて替えてもらったので予想していたよりは費用も安く済んだ。それまでは冬になると外気と室内の温度差、加湿器で加湿している分の水分が結露として窓の内側にびっしりとついたものだが、窓ガラスを交換したら結露しなくなった。また、夏場のエアコン効率も、明らかにガラスの交換前と交換後では交換後の方が良くなっている。

子どもが駆け上っても割れない強化ガラスや、熱いお湯を注いでも割れない耐熱ガラス。私たちの生活にはいつのまにか当たり前のようにガラス製品があふれている。妻が気に入っているブランドの鍋も、特殊な強化ガラスで直火も電子レンジもオーブンも使用可能だから驚かされる。

せめてこのような、機能的に使えるガラスを大切にしてくれるなら父も良いとおもうのだが、父が残しているのはターンテーブルやワンカップ大関の空き容器。それをガラスのコップの代わりに日常的に使っているので、貧乏性って嫌だと思う。